統合失調感情障害患者の徒然日誌

毒にも薬にもならぬ文字を書き捨てる。

『天から役目なしに降ろされたものはひとつもない』~32歳になったよ篇~

というわけで、生まれてから32年が経ちました。

政宗さんじゅうにさい。

相変わらず人生には迷っています。

それにあと8年で不惑の歳になると言われても、そんな実感もいまだになく。

僕はこれからも迷い続けるのでしょう。

迷い続ける、という事でちょうどいい話がありました。

二日前に同じく誕生日の近い二回り年上のAさんと二年ぶりに飲みまして。

彼は古本屋で勤めている方で、最近は別法人で立ち上げた障害者就労支援事業所に、買い取った商品の販売業務を委託していたりします。

そんな彼と飲んだ時に、

「悩むことは無くなった、代わりに迷うようになった。どちらの選択を天秤にかけるかだね」

というお話をAさんが話してくれまして。

確かになあ、と。

僕自身も、悩むこと自体は殆ど無くなりました。

代わりに、自分の選択を天秤にかけて迷うことは増えましたが。

だから、いま人から「何か悩んでいる事あるの?」と聞かれても、僕は「悩みは無いが迷いはある」と答えるでしょう。

そう、人生は選択の連続。

ここでタイトルの話に移ります。

このタイトル「天から役目なしに降ろされたものはひとつもない」は『ゴールデンカムイ』という漫画の、カバーの袖にアイヌの言葉で書かれています。

もう連載の長い漫画なので内容は割愛しますが、

明治の北海道でアイヌが集めて隠した金塊を求め、アイヌの末裔とその仲間の日本人、幕末の亡霊と、日露戦争の生き残りたちがそれぞれの思惑で三つ巴の争いをする漫画です。

登場人物たちはそれぞれが悩み、迷い、ある者は自分の命の善き使い道を見極め、戦っていきます。

話を僕自身の語りに戻しましょう。

そう、僕は自分自身の『命の善き使い道』を求めています。

2年ほど前まで、僕は自分自身の命の行方など、そんなものはどうでもいいと思っていました。

自分の事なんかどうでもいいし、ましてや他人の事にまで意識を回すことすらしませんでした。

なんでそこから方向転換して命の善き使い道を模索するようになったかというと、まあ、一言で言えばいくつかの命が先に逝きすぎたからです。

詳細は省きます。

とにかく、気が付くには遅すぎたし、多くのかけがえのないものが失われてきました。

僕の命はすでに僕だけのものではなく、こういった方々に生かされている。

ならばこの命の善き使い道を模索して、より一人でも多くの人々に笑顔と幸せを遺していきたい。

生きている以上、今生き残っている人たち全ての為に、この人生を賭して向き合っていきたいのです。


そんなことを考えつつ、32歳の人生はここから始まります。

皆さま、生ぬるい目線で見守り下さいますよう、なにとぞよろしくお願いいたします。

自分の疾患とパッションの話

唐突だが、パッションの話をしよう。

情熱、熱意、激情。

今までの人生において、何か事を起こす時は大体こいつが側にいた。

まだ絵を描いていた頃や、たまに書く文章とか、主に表現系の場においてこいつは活躍してきた。

だが、加齢と人生経験値の上昇により、自分の中のパッションが目減りしているのは否めなかった。

ある日気が付くと、怒りとか激情や情熱が、心の底に空いてしまった穴から流れ出てしまっていたのだ。

実を言うと半年ほど前から頭の思考にモヤがかかり続けている。

以前の自分と比べたら、今は思考しても何も纏まらないし、何もつかめない。

そこに加えて突然始めた重労働バイトや、バイトを始めるちょっと前から気が付かぬうちに躁鬱混合状態になっていたりとか、状況は悪かった。

あ、僕の疾患の遍歴をざっくりシンプルに書くと、

鬱and不眠→寛解→統失→統合失調症感情障害(ざっくり言うと統失と双極の合体版みたいなやつ)

…話をパッションに戻そう。

とにかく、状況は悪く、久しぶりに希死念慮もチラホラ出ていた。

心の器にわずかに残ったパッションですら、あっという間に消費されてしまう。

不調は様々なところへと悪影響を出し始めた。

所属しているバンド等、音楽などの創作、表現活動にもかなりの支障が出始めていた。

(譜面が全く覚えられなくなってしまったり等、etc...etc....)

流石にこれはまずいなと危機感を覚えた次第。

 

一度本気で体を休める必要がある。

出てくる選択肢はただ一つ、何もしない期間を一週間~十日ほど定めて、寝まくる。

そしてその間に削るべきものを削る。

休養期間は今日で約一週間経過した。

まだ完全とは言わないが、ある程度回復してきたように思う。

すげぇ久しぶりにまともな状態で自宅練習でベースを弾けた、これはうれしい。

致し方なく、削ったものも幾つかあるが。

そんなこんなで、何とかパッションを回復させてこられたし、モヤの中で纏まらない頭を使う工夫も身に付き始めている。

さあ、もっとパッションの明かりを灯そう。

本が読めなくなった。

文章を目で追っても、意味を頭の中に固定できない。

かろうじて意味を汲み取れても、秒でそれが抜け落ちていく。

頭の中の、意味を溜める砂時計の底が、割れてしまったかのように全て流れ落ちていく。

同時に考え事も出来なくなった。

思考がまとまらない。

思考したものを頭の中に固定できていない。

そもそも思考の起点を保持できない。

これは困った。

自分の中からどんどん意味と思考が抜け落ちていく。

何とか足掻こうと図書館で本を借りてきたが、どうにも今の脳みそと釣り合いが取れていない。

また認知機能障害か、また血反吐を吐く勢いで頑張らないといけないのか。

そう思っていたけど、少し視点を変えてみた。

これまでの脳内思考ノートは、使い過ぎてもう真っ黒に塗りつぶされていたのだ。

きっと今はそれらを白紙に戻す作業中で、また新たな思考と知識を詰め込むための準備期間なのだろう。

今度こそ、瞬発的な知識の埋め込みではなく、じっくりとした知識の埋め込みに脳を使おう。

 

絶対にあきらめないぞ。

徒然近況報告(バイト始めたよ編)

先週に面接を受けて、5日から週1~2日でバイトを始めました。

倉庫内の仕分け作業です。

何とか力を抜きつつゆるくやっていけてます。

去年7月に埼玉は川口に戻ってきて、もう一生働けない、自分にはもう二度と労働は出来ないんだ、と、一瞬は諦めていました。

だけど、やっぱり諦める事が僕には出来なかったのです。

この約一年間、求人票を見るたびに血反吐を吐くが如く食事を戻し、それでも何かはと夜毎に枕を濡らし、悔しさをバネに少しずつ体調を整えてきました。

血反吐を吐きながら、誰にも具体的に打ち明けずに努力し続けてきた。

今回の求人への応募も、軽くパニックになりつつもネット経由で予約を取り、翌日に面接へと行った。

それでも、働くことが怖くて仕方なかった。

何度も破滅を招いてきたから当然と言えばその通りです。

一年ぶりの労働の前日は手が震えて寝付くのに少し時間がかかりました。寝れたけど。

そんな状態でもなぜか初日は平常心で働けたので、もう大丈夫だと思います。

気合いジェネレーターも全く動かさずに勤務できました。

この一年、とてつもなく長く感じました。

 

もっと、上記の様にアウトラインだけを語るのではなく、どのような努力をどのようにしてきたか、具体的に語るべきなのかもしれない。

でも自分の苦しみとか努力を細部にわたって具体的に語るのが、実は好きじゃないんです。

今まで書いてきた文章や人に語った言葉も、僕の基準では細部までは語ってないのです。

まあそんなことは置いておいて、とりあえず色々やっていくしかない。

…ほどほどに頑張ります。

12年間の虚無

19か20の頃に精神疾患を再発し、仕事を辞めてから12年が経過した。

 

分かりやすい尺度で示すと、小さい子供が小学校に入学して、高校を卒業するまでの間に虚無をやっていたことになる。

隠遁生活と言えば聞こえはいいかもしれないが、まあ虚無だったので虚無と定義しよう。

その間の仕事と言えば、正社員にはならずフリーターを一時的にやったりなどもしていたが、合計勤務日数で言うと一年にも満たない。

いや、半年にも満たないだろう。

特殊な経験を積んだなと思う。

無駄になるかどうかは別として、話の種にはなるような貴重な経験の詰まった12年だった。

この場所こそが自分の理想郷だと、そう確信した数え切れないほどの居場所を、様々な事情で自分から抜け出したりもした。

それと同じくらい、身の回りの多くを助けることもしてきた。

だけど僕の手から溢れ出てしまって、助けられなかった存在もいる。

今でも後悔はあるが、最近は脳裏に顔がチラつくこともない。

そうやっていくうちに、気付かぬ間に日々の速度が上がっていった。

いつのまにか春が終わっている。

最後に季節を実感したのはいつだろう。

いつだって豪雪の中でうずくまるような感覚に襲われていたのは確かで、いつの間にかそれすらも薄れていく。

だんだん身軽になっていって、気がつけば鬱のどん底でも動けるくらいの気合も出さなくなっていた。

より深い虚無に浸るための飲酒習慣も、昔を知る人物からすると相当薄れたように見えるらしい。

同様に記憶も薄れ出していく。

過去の話が少しずつ抜け落ちていった。

過去が古典になる。

あるいは記憶の地層に。

古典はいつか先の世代に読み解かれ、新たな解釈を産むかもしれない。

地層ならば美しい鉱石になるか、あるいは化石燃料のようになるだろう。

どちらにせよ、内容の美醜を問わず、記憶とはそうある方が様式美を備えている気はする。

 

今は何を語るでもなく、ただ徒然に。

痛みと想像力を取り戻して、現実に帰ってきた話

唐突だが、最近色々な痛みが分かるようになった。

 

分かるようになったとは言っても、まだ自身の痛みには鈍感なところが多く、これも人間らしさの再履修だと思ってじっくりと取り組んでいる。

 

色々な痛みと書いたのは、自分以外の他者の痛みにも思いを巡らせることが出来る様にもなったからだ。

 

他者の痛みなので、自分が知覚したり、感じることは出来ないのだが、自分なりにしっかりと想像力が働くようになった。

 

少しずつ、世の中に対して意味を見出すようになってから、こういう風になれたのだと思う。

 

人生のある時期から、世の中の事は全部作法の定められた茶番で、創作とか表現物のような芸術事にしか意味を見出せない時期が、長いこと続いていた。

 

その感覚が強い日は、目の前の人間は皆、呼びかけると音の出る不思議なジャガイモの様に感じていたりしていた。

 

現時点でも物事に対する茶番感は、未だに拭い切れていないと感じる時はある。

 

けれど、それでも僕たちは生きている。

 

生きていることに意味を求めることは、不幸なことではない。

 

こう思うようになった切っ掛けは幾つかあって、そのうちの一つが、ここ二年の間に畳みかける様に起きた、繋がりの深い元恋人でもある友人二人の自殺だ。

 

今までは「自死」と表現していたが、「自殺」だ。

 

二人とも、本当に大切な親友だった。

 

友人達が亡くなったことは未だに悲しいし、おそらくこの悲しみが癒えることはない。

 

この出来事はショック療法の様に僕に痛みの感覚を取り戻させた。

 

何度も泣いたし、思い出す度に何度も心が折れた。

 

そして、今まで以上に起きた出来事に意味を求めるようになった。

 

意味が無ければ、彼女たちの死が無駄になってしまうと思ったから。

 

この二人に関しては、今までも少しだけ書いてきたし、現時点でもこれ以上語る資格を僕は持ち合わせていないのでここではいったん口をつぐむ。

 

痛みが分かるようになって、若干の想像力が働くようになったころ、よく遊ぶ都内在住のある親友と文通を再開させた。

 

この文通が想像力をさらに強化するきっかけになってくれた

 

手紙を読むことで、他者の感情と考えていることを知る。

 

おかげで、他者がちゃんと独立した思考と心を持った人間であると、しっかり認識できるようになった。

 

ふと、思い出す。

 

いつからあの厄介な希死念慮に振り回されてないのだろう。

 

気が付いたら、一か月半ほど死ぬことについて全く考えていなかった。

 

最長記録だと思う。

 

考え事の結論は出ずとも、もしかしたらこれで希死念慮とはしばらくサヨナラなのかもしれない。

 

あの暗い考え事たちも、希死念慮と同じくなりを潜めている。

 

茶番から抜け出して、現実という新たな人生の段階へと突入した証拠なのかもしれない。

 

今までの自分の苦労を肩代わりしていた希死念慮などの思考達に、敬意を表しつつ、少しずつ、ゆっくりと前に進んでいこう。

ここ3日くらいの近況報告

前回の軽い長文に書いたように、気合いジェネレーターを停止すると方針転換してから、まあのんびりと過ごしていました。

普通の病人的な過ごし方をするのは、十何年ぶりかと。

これはこれで真面目に行うべき営為だなって思いました。

休むのは本当に大事。

なんというか人間として足りない部分を最近は再履修している気がします。


んで二日前の朝、親友から「助けて」とヘルプの連絡があり、

まあその救難信号の具体的な内容は省くけれど、友人の最寄り駅まで行ってポリスメンの助けを借りつつ何とかしてきたり。

ポリスメン沙汰はわりと久しぶりな気がした。

この日は頑張らなきゃと気合いジェネレーターのリミッターを一時的に限定解除したけど、まあいい感じにパフォーマンスを発揮できました。

親友はあばら骨が折れてたり痣だらけの大怪我だったけど、命ばかりは失っていなかったので良かった。

本当に良かった。

 


んで昨日は父と東京ドームで巨人vs中日のデイゲームを見て来ました。

序盤は冷や冷やした試合だったけど、阿部の400号ホームランが見れたり、巨人がサヨナラ勝ちしたりで爽快感が凄かった。

にしても僕は野球のルールとか勉強したわけでもないのに、何で知ってるんだろう?

野球少年でもないので、テレビで見て覚えた可能性があるのかもしれんな。

 

気合いジェネレーターの反動で体調崩すかなって思ったけど、特に反動らしい体調不良も無くて、左肩を寝違えたのか痛いくらい。

今はちゃんとジェネレーターを停止させてだらだらしてます。


親友の大怪我っていう悲劇はあったにせよ、何はともあれ助けられたし、父ともいい思い出も出来たし、良き週末でした。

 

~終~