統合失調症患者の徒然日誌

毒にも薬にもならぬ文字を書き捨てる。

最近の政宗動向報告。

今月1日から22日までの間、細かく計算したらその22日中の4分の3.5日程、鬱状態と過去のフラッシュバックとパニック発作で寝込んでました。
 
残りの0.5日は起き上がれても午後だったりとか。
 
 
明日は通院で公休をとったので時間はたっぷりあります。
今回はその間に紡ぎあげた物語と、考えたことでも語らせていただきましょう。
 
これから語るのはかろうじて起き上がれた0.5日間の物語です。
 
結論から申しますと、起き上がれていた間はほとんどアルコールを入れて酩酊していました。
 
例えば人生で初めて、ドイツビールの祭典「オクトーバーフェスト」に単身で出向き、一つの醸造所のブースにつき選んだ三種類のビールをジョッキひとつ10分以内に飲み干すとかいう自分ルールを課し、途中から記憶をなくして気が付いたら吐き気に襲われていたりとか。
その後は記憶を飛ばしてしまっているのですが深夜にラーメン屋に行ってたようです。カメラロールに写真が残ってた。
 
あとは水たばこ吸いに行ったりとか。
バンド練習に合わせて余力を残して頑張って行ったり。
 
そうやりつつも、自己流の認知療法とかで何とかパニック発作を抑え込み、過去のフラッシュバックを見てもダメージを受けない状態にまで回復させることが出来ました。
 
とは言いつつもアルコール漬けで頭ン中はほとんどネガティブな事ばかり。
完全に4年前の最初の一人暮らしをしていた時の末期の「アルコール依存なりかけ、そして自殺へ」状態になっていました。
 
いくら練りに練って作った自己流の認知療法とは言っても、素人の作ったものなんてたかが知れています。
 
生き方のスイッチを切り替えられた決め手は複数の友人たちとの物語でした。
 
僕が彼らからかけられた言葉の物語りには共通点があり、それを要約すると、
「もっと自分をいたわってくれ、そんな自殺に近い自傷行為みたいな生き方は頼むからやめてくれ、お前が死んだら悲しい。」
共通点を要約するとこういう言葉をかけられた感じです。
 
 
皆さんはお酒が好きですか?僕は知人友人を含めた誰よりも自分が一番好きだという威張れない自信があります。
 
家系をたどると、僕の祖父と叔父はアルコール依存症で、さらに言うと晩年は僕と同じ統合失調症に罹っていました。
 
 
ここからはアルコールとそれの依存について語っていこうと思います。
 
祖父は泥酔すると第二次大戦の記憶がよみがえり何度か自殺未遂を繰り返していて、叔父はアルコールの影響で動脈瘤が出来ており、これ以上飲んだら確実に破裂して死ぬと言われていました。
 
その叔父が亡くなる前の最後に電話で会話したのが僕です。
叔父は僕との電話の後、アルコールをあおり、そのまま動脈瘤が破裂し、死後一週間でアパートの隣人にやけに静かだと不審に思われ、発見されました。
 
アルコールという酩酊物質に変なハマり方をすると何を失ってしまうのか。
僕はここ数日考え続けました。
恐らくそれは「物語り」ではないかと思います。
 
どんな人にだってあると思うのですが、気の許せる仲間たちと好きな飲み屋とか、仲間の部屋とかで朝まで飲み明かして熱く語り合った経験はあるのではないでしょうか?
恐らく飲めない人でもそういう輪に加わって飲まずに酩酊した気分になったことがあると思います。
 
そういう楽しく飲んだという物語こそ、人生のうま味だと僕は思うのです。
 
楽しく飲むためにはそれ相応の様々な条件が必要になります。
お金、時間、仲間、この三つの要素は必要でしょう。
この三つのうちお金はそこまでなくとも最低限あればいいとは思いますが。
 
悲しく飲んでいると、この三つの条件がだんだん減っていきます。それは身内を見ていたのでわかります。
そして悲しみを打ち消すためにまた飲むという負のスパイラルに陥るのです。
 
最終的に自分の中の悲しみがぼやけていき、なんで悲しいのかも理論立てて考える力がなくなると人はどうなると思いますか?
これはとても恐ろしい状況です。
 
それは「飲むために飲む。」というある種、自死を求める自傷行為的な状況です。考えただけでも恐ろしい。
 
僕の報われているところは、仲間たちがこの状況に僕が入りかけていることに気が付いてくれて、なおかつ声をかけてくれたところです。
 
そして先の救いの言葉をかけてくれた。
たぶん、過去のフラッシュバックに追い詰められた僕が求めていた救いの言葉/物語りは先の要約文だと思うのです。
僕はこの仲間たちを失う=死ぬことが明確に怖くなりました。
 
 
おかげで何とかメンタルを持ち直してやっと出勤でき、本日(25日時点)で三連勤、26日は通院日でお休みです。
 
メンタルは持ち直しているので、あとは肉体から奪われた体力を取り戻すだけです。
これもまた働いているうちに取り戻すでしょう。
 
25年間、自殺願望と戦い続けた30歳の僕が、やっと前向きに生きていける自信が仲間たちのおかげで付きました。みんなありがとう。
 
~fin~