統合失調症患者の徒然日誌

毒にも薬にもならぬ文字を書き捨てる。

生きていくこと。

今朝は6時に目が覚めた。 けれど、鬱がひどくて身動きが取れず、そのまま意識を失っていた。

11時に目が覚め、ふと、12時からバンド練があることを思い出す。そのために公休を取っていたんだった。 バンド練までまだ時間は間に合う。 重たい体をゆっくりと起こし、髭を剃って着替えると、ベースと機材を持って外に出た。

鬱から抜け出して腑抜けた顔面に、11月の冷たい風が殴りかかる。 僕は体を震わせながら自転車にまたがり、スタジオを目指してえっちらおっちらとペダルをこぎ出した。

12月10日にライブがある。スタジオで行われる企画ライブだ。 今回バンド練で向かうスタジオもそこだった。

途中、コンビニで肉まんを三つ買い、スタジオに着く。 バンドメンバーはまだ僕しか到着していないようだった。 とりあえず買ってきた肉まんを食べる。 店長と話し合い、今回はライブを行うBスタジオでリハーサルっぽくして演奏してみようということになった。

その間にキーボードがやってきて、お互い一日の始まりのあいさつを交わし、ドラムボーカルが到着する前に自分の機材をセッティングする。

そうこうしているうちにドラムボーカルも到着し、全員のセッティングが完了する。

まずは店長に演奏を聴いてもらった。

―――長いようで短い3時間のバンド練の始まりを、ドラムボーカルのスティックカウントが告げる。

10月末に持ち直したはずの僕の病状は、ここ最近は正直言うとあまりよくない。 11月頭からの1週間はある程度良かったのだが、次の週にその勢いは失速した。 朝、目が覚めると、体中が鉛か鋼鉄のように重く、ほとんど身動きが取れなくなる。 同様に、日を追うごとに希死念慮も強まっていたのだった。

しかも咳喘息まで発症していて、時たま盛大な咳をする。

―――バンド練が終わり、僕は書留郵便の再配達を19時すぎに依頼していたのでそのまま帰ることにした。

帰宅後、久しぶりに連絡をくれた友人と電話をし、その間に書留郵便も届いた。 晩ご飯を食べ、ため息交じりの咳が出る。

部屋に静寂が訪れる。 希死念慮がふっと襲い掛かってくる。 正直な話、この自分が生きているという偶然が、僕にとっては荷が重く感じる。 この30年の人生で何度も地獄を見てきた。

そのたびに、僕はこれで死ぬんじゃないかと覚悟をし、その都度、生き延びてきた。 生き延びるごとに、肩に乗っかったものの重さは増していき、生きることの息苦しさも増していった。

正直、この背負った重たい何かと息苦しさを、一人で抱え続けるには、長く生きてしまったと思う。 しかし、共に背負ってくれるような、そんな僕みたいに強い人間を、僕は知らない。

多分これからも見つかることはないんだろう。 そう思うとこの先が怖くなる。 これから先、もっと重いものと息苦しさを抱えることになると思うと、足がすくむ。怖くて何も考えられなくなる。

僕は、どうすればいいんだろうか?

そう思い悩みながら、これからも生きていくんだと思う。 12月のライブ、上手くいくといいな。

終わり。