統合失調症患者の徒然日誌

毒にも薬にもならぬ文字を書き捨てる。

言葉とは呪詛である。

言葉とは呪詛である。吐き出した呪いや祈りは、巡り巡ってやがて自分自身に還ってくる。

その時、還ってきた言葉の重みに耐えられるように、自分を強く持たねばならない。

    byマサムネ・スゲェシュラン・オナゴスキー

2006年からmixiブログに記事を書き始め、700本の長文を含めた記事を書いた。

その後、2013年前後にFacebookに移行し、300本の長文記事を書き連ねてきた。   去年7月から始めたはてなブログには、Facebookと同じ記事をアップしているのでノーカン。

しかし、はてなブログのアクセスも安定している。   色々考えるところがあり、このブログ的な文章の更新をしばらく止めようかと思っています。

どれくらい辞めるかは、まだ未定です。

もしかしたら数日かもしれないし、年単位で今までのような長文更新を止めるかもしれません。     今まで書いてきた、身の回りの出来事とか雑記に書いた事は、すべて真実に基づいて書いてきた事です。

ブログってのは日記にもなるし便利だなぁと、今までのんきに書いてきました。   ですが、上にも書いたように、言葉とは呪詛として、祈りや呪いの形となっていずれ自分の身を縛り付けます。

今を必死に生きようとして、何らかの爪痕をネット上だけにでも残したい、そんな希望のある未来を夢見て書き続けてきました。   だけれど、必死になればなるほど、過去の記録が僕を縛り続け、未来は遠くなっていくばかりだった。   それに、こんな暗い内容ばかりの更新だと、自分と密接に関わっている人たちにも迷惑がかかるんじゃないかと危惧しております。

と言いますのも、

「あんな暗い記事をアップしているんだ、周りの奴らだって暗い人間に決まっている。」

といったような風評被害が及ぶのではないかと、危惧しております。   何を今頃になって、と思うかもしれません。   事実、迷惑の掛かったお方もいらっしゃるかもしれません。それについては謝っても謝り切れません。   今まで僕の文章を読んでくれた人たちには、誠に感謝いたしております。

僕が無尽蔵に近い言葉を吐いて、あなた方と共有したものは、言葉以上の何かです。

それは物語であり、一つの石ころのような歴史です。   だからこそ僕は、あなた方に感謝の言葉を述べて、再び闇の中に潜んで、静かに生きようと思うのです。

語ってはいけない言葉がある。語り継いではいけない物語や命が、確かにこの世には存在する。

12年かけて、それを痛感いたしました。     こんなことを言っておいてアレですが、僕はもう2度と、静寂の中では生きていけないだろうなとも思っています。

そこは安息の地ではないでしょう、不安におびえるのが目に見えております。   ただ、ほんの少しの時間でいいから、今だけは、静かな闇の中にこの身を休めておきたいです。   ある程度休まったら、実生活を頑張ろうと思います。   ここまでの数年~12年間、僕のつたない文章に付き合っていただいた皆様、本当にありがとうございました。