統合失調症患者の徒然日誌

毒にも薬にもならぬ文字を書き捨てる。

『まさむねさんじゅういっさい』

というわけで31歳になりました。
誕生日メッセージをくれた皆様本当にありがとうございます。

思えば5歳前後に不眠を発症して、長いもので26年が経ちました。
短大に入学する前に一度寛解した諸々の精神疾患が、21歳の直前くらいで再発してから10年が経っています。

10年前の時点で、僕はこの年まで生きるとは思ってもいませんでした。

当時はどっかで生存に賭けることを放棄するだろうな、と予想していました。

ところがどっこい、もう31歳です。あっという間でした。

そして喜ばしいことなのか、残念な事なのかはまだ分かりませんが、それでもなお人生は続いていきます。

街並みはどんどん移ろいゆき、かつてあったものが無くなり、新たな何かが出来上がっていく。

たぶんだけど、人生ってのはそんなもんです。

自分自身に起こる、想像上の概念を含む多くの死を見つめ、多くの誕生を喜んで迎え入れてきました。

新たなものを見ると、時々ですが自分は老いたな、と思うこともあり。
その反面、新たに芽吹く欲求もあり、たぶんこういうエネルギーは枯渇させちゃいけないなと思う次第です。

今まで、何人かの友人から「だいぶ苦労してるよね。」と言われるたびに、「いやいや、まだたいしたことないです。」という反応を返してきました。

こういう態度を冷静に振り替えると、ここまで来ると謙虚さを通り越して卑屈なんじゃないか、という気がしてきました。

なんでここまで度を過ぎた卑屈にもなる謙虚さがあったのか、自分なりに考えてみたところ、たぶんマウンティングを取るような傲慢さが発露してしまったらという恐れがあったのでしょう。

「俺が若い時はこんな苦労を~」や「昔はこんなことがあってだな~」というような感じの傲慢さが、僕は嫌いです。

だからここまで卑屈になって、自分自身にも卑屈になってしまったのではないかと思います。

ここまでくると、上記のような態度さえとらなければ、それでいい気がしてきました。

いい加減、自分自身の苦労を認めて、自分自身を労わないとかわいそうな気がしてきたのです。

その苦労を察してくれて、色々と慮ってくれる友人たちにも失礼だなとも考えております。

それこそが、自分自身を認めるために通らねばならない道なのかなと、今は思います。


残念なことにこれからも茨の人生は続きそうなので、自分が自分の理解者にならないと、この先もっと苦しむことになるでしょう。

 

というわけで、今回の節目においてもまた十年後を目指して、頑張って生きていこうと思います。


おわり