統合失調症患者の徒然日誌

毒にも薬にもならぬ文字を書き捨てる。

この人生を何とかしたい気持ち。

ここ十日ほど、予定がある日以外は、体調不良で一日の半分ほど寝込んでいる。

寝込んでいる理由としては、医師の判断のもと、抗うつ剤を減らしていることや(抗うつ剤で元気になられる方がよほど厄介なので)、
自分自身の思考パターンに原因がある。

寝込んでいる間に、音楽を約2600曲と、いくつかの絵画図録と詩集を読み、動けるときに何件かの美術展示に足を運んだ。

悩める先達が、どのようにしてその苦しみを表現まで昇華しているのか、知りたかった。

僕自身も何かしらの形で悩みや苦しみを昇華しないと、解放されない。それだけは分かっている。

今回、いいや、今回だけではない、僕が常に問題だと思っていることは、頭の中の考えている事だ。

人生は、体を動かせば何かしらの結果が付いてくる。

だけど、僕が求めているものはそういうモノではない。

結果など始めから求めてなどいないのだ。

それにはさほど興味はない。

周囲の人間が、生きるうえで絶対に必要として求めるものが、今までの僕には、価値を感じられなかった。

それまで僕が求めていたのは、働いたうえでの対価や、他者からの承認や、存在の肯定ではない。

自分自身の問いを、自分自身の考えによって、納得することだけを求めていた。

なんで生まれてきたのか、なんで死ぬのか、やはりそれには今でも納得がいかない。

半年ほど前までは、生も死も、理屈が分からなければそれはただの虚無で、それ以上考えて恐れる理由がないと結論付けていた。

今は違う。

これは恐らく、虚無に対する怒りだ。

納得できなくて、僕は怒っている。

怒っているからこそ、何も受け入れられない。

もしかしたら、少しばかり悲しみも混ざっているのかもしれない。

どうすればいいのか。

どうすればこの感情が治まるのか。

もしかしたら、本当は解答なんて求めていなくて、ゴニャゴニャ悩み考え続けたり、怒り続けるのが目的なのかもしれない。

だけど、こうやって求め続けている限り、僕は僕で居続けられる。

だからもっと、もっともっと人生を加速させて、突っ走りたい。

加速して大気との摩擦で輝く探査衛星の様に、それを見つめる人間が美しいと感じる生き様を、爪痕をこの世に残したい。

そう、まだ俺は人間なんだ、だから、怒りや悲しみに飲まれてはいけない。