統合失調感情障害患者の徒然日誌

毒にも薬にもならぬ文字を書き捨てる。

徒然近況報告

というわけで2~3週間前に入院騒ぎがあってからしばらく経ったわけです。

結局、様々な事情が込み入って任意入院はキャンセルしました。

それにあたり、医師の指導のもと、常用薬を頓服転用して用量を守りつつ、今までの倍以上をガンガン盛っています。

実を言うと、この入院騒動の一件とかでもう本当に意気消沈しておりました。

現在も準備の段階で話が進んでいるとある手続きや、この入院の一件とかをきっかけにして、人生において「諦める」とは何なのかを深く考えさせられました。

人生の数々ある物事に対して、諦めて割り切るというのは本当に気力がいる事です。

恐らくそれは登山のそれと同じで、人生ってのは登る事よりも、降る方にエネルギーが必要なんだと思います。

ましてや、今まで「生存する。」という一点に関して一切を妥協せず、賭け続けてきた僕には、それはとてつもない労力でした。

そういうことを考えつつ、28日は入院騒動以来の診察でした。

最近の主治医さんはとても話しやすい雰囲気で、上記の準備段階で事が進んでいる手続きとか諸々を語ってみました。

手続きの事に関して、主治医さんが口を開きました。

政宗さんはかつて、『いつか病を克服して、社会から今まで受け取った分を恩返しして還元したい。』と仰っていませんでしたか?」

「それは今でも思っています。」

「でもその手続きを取るということは、諦めるということですか?」

その言葉の後は、なんて返事をしたのかよく覚えていないです。

あの診察から三日、未だに僕は考え続けていました。

僕は何を諦めようとしていたのか。

自分は本当に諦めたいのか、それとも賭けに出て戦い続けたいのか。

いや、まあ、正直に全部打ち明けます。

疲れ切ってたんです。

28日の診察を受けるまでは、諸々にケリを付けようと、全てにカタを付けるつもりで生きておりました。

幕を引いて、ひっそりと今の世捨て人スタイルを深化させていこうと、今の自分にはこれまでの思い出があるだけでも十分だ、そうだこれ以上は何も要らない。

そう考えていた次第です。

終活、と言えば聞こえはいいものかもしれませんが、実際やってみて、そんなに美しいものではないのがよく分かりました。

で、話は医師の診察に戻るのですが、僕の主治医さんは基本的に上記のような問いかけはしない方なんですよ。

その主治医から「諦めるんですか?」と問われたわけです。

こればかりはちょっと衝撃を受けてしまいました。

それからずーっと考えていたんだけど、やっぱり諦めたくないです。

もっともっと、頑張り通しでやってみたい。足掻いて抗い抜きたい。


足掻く結果として、今までも、そして多分これからも、過去のあらゆる積み重ねが現在の自分へと土砂降りの様に降り注ぐとは思います。

それでぬかるんだ足元の泥は、けっして僕を離そうとはしなかったです。

それは恐らく、そして残念なことに、これからも変わらずにそうなのだと思います。

これまで手に入れたあらゆるモノは零れ落ちていったし、これぞ自分の求め抜いた真理だと思ったものも、あっけなく壊れていってます。

だけど、触れ合った人たちの温みはしっかりと覚えている。

これだけは確かです。

そして、人生は短いが、先は長い。

だが終わりが来るときは一瞬だ。

ならせめて、後悔が無いように、生き急がねばならない。

だから、もうちょっと、頑張ってみようか。