統合失調感情障害患者の徒然日誌

毒にも薬にもならぬ文字を書き捨てる。

12年間の虚無

19か20の頃に精神疾患を再発し、仕事を辞めてから12年が経過した。

 

分かりやすい尺度で示すと、小さい子供が小学校に入学して、高校を卒業するまでの間に虚無をやっていたことになる。

隠遁生活と言えば聞こえはいいかもしれないが、まあ虚無だったので虚無と定義しよう。

その間の仕事と言えば、正社員にはならずフリーターを一時的にやったりなどもしていたが、合計勤務日数で言うと一年にも満たない。

いや、半年にも満たないだろう。

特殊な経験を積んだなと思う。

無駄になるかどうかは別として、話の種にはなるような貴重な経験の詰まった12年だった。

この場所こそが自分の理想郷だと、そう確信した数え切れないほどの居場所を、様々な事情で自分から抜け出したりもした。

それと同じくらい、身の回りの多くを助けることもしてきた。

だけど僕の手から溢れ出てしまって、助けられなかった存在もいる。

今でも後悔はあるが、最近は脳裏に顔がチラつくこともない。

そうやっていくうちに、気付かぬ間に日々の速度が上がっていった。

いつのまにか春が終わっている。

最後に季節を実感したのはいつだろう。

いつだって豪雪の中でうずくまるような感覚に襲われていたのは確かで、いつの間にかそれすらも薄れていく。

だんだん身軽になっていって、気がつけば鬱のどん底でも動けるくらいの気合も出さなくなっていた。

より深い虚無に浸るための飲酒習慣も、昔を知る人物からすると相当薄れたように見えるらしい。

同様に記憶も薄れ出していく。

過去の話が少しずつ抜け落ちていった。

過去が古典になる。

あるいは記憶の地層に。

古典はいつか先の世代に読み解かれ、新たな解釈を産むかもしれない。

地層ならば美しい鉱石になるか、あるいは化石燃料のようになるだろう。

どちらにせよ、内容の美醜を問わず、記憶とはそうある方が様式美を備えている気はする。

 

今は何を語るでもなく、ただ徒然に。